「何度も同じことを聞かれてつい怒ってしまう」「どう接すればいいかわからない」「介護が限界に近い」
認知症の方への接し方に悩んでいる家族の方は、本当に多いです。
調剤薬局・在宅医療を経験した薬剤師として、認知症の方とそのご家族と長く関わってきました。
在宅の現場では、接し方ひとつで本人の状態が大きく変わる場面を何度も目にしてきました。
この記事でまず伝えたいことがあります。
それは接し方で悩んでいるあなたは、それだけ真剣に向き合っているということです。
完璧な接し方などありません。少しずつ、自分なりの方法を見つけていけば大丈夫です。
この記事では、認知症の方への接し方の基本原則・避けるべきNG言動・場面別の対応法・介護する家族自身のケアを、在宅医療の現場で学んだことをもとにお伝えします。
まず知っておきたい|認知症の方の「心の世界」
接し方を学ぶ前に、認知症の方がどのような状態にいるかを理解することが大切です。
記憶は失っても「感情」は残る
認知症が進んでも、感情の記憶は長く残ります。
- 何を話したか覚えていなくても、「楽しかった」「嫌だった」という感情は残る
- 特に、怒られた・責められた、というネガティブな記憶は強く残りやすい
- 逆に、穏やかに話してもらえた、大切にされた、という感覚も残る
「今日のことは忘れても、その場の感情は残る」——これが接し方の基本中の基本です。
在宅医療の現場で、「さっきのことは覚えていないのに、なぜかその薬剤師が来ると笑顔になる」という方を何度も見てきました。信頼関係は、言葉ではなく感情の記憶で積み上げられていくのです。
本人には「本人なりの理由」がある
認知症の方が「困った行動」をとるとき、そこには必ず本人なりの理由があります。
| 行動 | 本人の視点から見た理由 |
|---|---|
| 「家に帰りたい」と言い続ける | 今いる場所が自分の家だとわからず不安 |
| 「財布を盗まれた」と言う | 置いた場所を忘れた・誰かのせいにするしかない |
| 何度も同じことを聞く | 聞いたことを覚えていない・不安だから確認したい |
| 薬を飲まない・拒否する | 何を飲まされるかわからず怖い |
| 夜中に起き出す | 夢と現実の区別がつかない・混乱している |
「困った行動」ではなく「本人が困っているサイン」として見ることが、接し方を変えるきっかけになります。
接し方の5つの基本原則
原則①|否定しない・訂正しない
認知症の方が間違ったことを言っても、頭ごなしに否定・訂正することは逆効果です。
NGな対応: 「また同じこと聞いてる!さっき言ったでしょ!」 「そこにあるでしょ、誰も盗んでいないよ!」
よい対応: 「気にかけてくれてありがとう。」「そうなんだね、大切なものがなくなっちゃったんだね。一緒に探そう。」
「正しさ」より「安心感」を優先することが大切です。
原則②|感情に寄り添う
何を言っているかより、どんな気持ちでいるかに注目します。
「家に帰りたい」と言っている方に対して:
NG:「ここが家だよ!何言ってるの!」
よい対応:「帰りたいんだね。どんなおうちに住んでたの?」と、その人の記憶や感情に寄り添う。
在宅医療の現場では、「家に帰りたい」という方と一緒に昔の家の話をしながら歩くことで、不安が和らいでいくケースを経験しました。
原則③|ゆっくり・シンプルに・穏やかに
認知症の方は、情報処理のスピードが落ちています。
コミュニケーションのコツとしては、
- 一度にひとつのことだけ伝える(「①薬を飲んで、それから②朝ごはんを食べましょう」ではなく「①薬を飲みましょう」だけ)
- ゆっくり、はっきり話す
- 穏やかな声のトーンで(声の大きさより表情・声のトーンが伝わる)
- 目線を合わせる(立ったまま話しかけない)
- 笑顔を忘れない
難しいかもしれませんが、笑顔で、穏やかに接すると、認知症の方も穏やかになっていくことが多いです。
原則④|自尊心を大切にする
認知症になっても、プライドや自尊心は残っています。
自尊心を傷つけやすいNG言動:
- 子どもに話しかけるような口調(赤ちゃん言葉)
- 本人の前で症状を他の人に話す(「また同じことを言って…」など)
- できないことを繰り返し指摘する
- 「認知症だから」と決めつけて選択の機会を奪う
自尊心を大切にする接し方:
- 名前・敬称で呼ぶ
- できていることを認め、感謝を伝える
- 意見や好みを聞く
- 役割・居場所を作る(「お茶を用意してもらう」など簡単なことでOK)
原則⑤|一貫性を持つ
認知症の方は変化・不確実性に非常に弱いです。
- 毎日同じルーティンを保つ
- 接する人が変わっても、基本的な対応は一致させる
- 部屋の家具・物の配置を急に変えない
- 食事・服薬・就寝のタイミングをできるだけ一定にする
場面別|こんなときどうする?
「財布を盗まれた」と言うとき(もの盗られ妄想)
認知症でよくある症状のひとつです。「誰も盗んでいない!」と否定すると、かえって疑いが強まります。
対応のコツ:
- 「大切なものがなくなって困ったね」と共感する
- 「一緒に探そう」と提案する
- 見つかったら「よかったね!」と一緒に喜ぶ
- 繰り返す場合は、よく使うものを目立つ場所にまとめておく
目に留まるところにメモ(お財布はここ、など)を書くだけでも効果的だったりします。
何度も同じことを聞かれるとき
「また同じこと!」という気持ちは当然ですが、本人は毎回「初めて聞く」感覚でいます。
対応のコツ:
- 毎回初めて答えるつもりで穏やかに答える
- メモや貼り紙を活用する(「今日は△曜日です」「今日のごはんはカレーです」など)
- 繰り返す内容には、不安や要求が隠れていることが多い(「家に帰りたい」=不安・「お腹空いた」=不満など)
入浴・着替えを嫌がるとき
「裸になることへの羞恥心」「温度・感覚への過敏」「手順がわからない混乱」などが原因のことがあります。
対応のコツ:
- 「お風呂に入りましょう」ではなく「温かいお風呂を用意しました」と具体的に
- 入浴の順番・手順を毎回同じにする
- 同性の介護者が介助する
- 本人の好きな入浴剤・音楽を使う
- 嫌がる日は無理せず翌日に試みる(清拭・シャワーで代替する)
夜中に起き出すとき(夜間行動)
認知症の方は時間の感覚が薄れ、昼夜逆転になるケースも少なくないです。
対応のコツ:
- 日中の活動量を増やして夜の睡眠を促す
- 昼寝は30分以内にとどめる
- 就寝前のルーティンを作る
- 安全な環境を整える(転倒防止・センサーライト・ドアアラーム)
- 夜中に起き出しても、穏やかに声をかけて安心させてから就寝に誘う
暴言・暴力があるとき
認知症の周辺症状(BPSD)として、暴言・攻撃的な行動が出ることがあります。
まず安全を確保:その場を離れる・距離をとる(自分の安全を守ることが最優先)
原因を探る:
- 痛み・不快感(便秘・尿意・空腹など)が原因のことがある
- 薬の副作用の可能性もある
- 環境の変化・不安が引き金になることがある
医師・薬剤師に相談: 暴言・暴力が続く場合は、薬で症状をコントロールできることがあります。一人で抱え込まずに相談してください。
介護する家族自身のケア|最も大切なこと
認知症の介護で最も伝えたいことは、「介護する人自身が限界を超えてはいけない」ということです。
完璧を目指さない
- 「怒ってしまった」「うまく接せなかった」という日があっても大丈夫
- 毎日完璧な介護などできません
- 「今日は難しかった」と割り切ることも大切
一人で抱え込まない
在宅医療の現場で見てきた最も危険なパターンは、「一人で全部やろうとする」ことです。
- デイサービス・訪問介護を積極的に活用する
- 家族・兄弟で分担する
- 介護者自身の休む時間(レスパイトケア)を確保する
- 地域包括支援センターに相談する
介護者の「怒り」は自然な感情
同じことを何度も聞かれる、夜中に起こされる、暴言を言われる——怒りを感じることは、ごく自然な人間の反応です。
「怒りを感じた自分が悪い」と自分を責めないでください。 怒りを感じたら、いったんその場を離れて深呼吸する。
それだけで十分です。
「もう限界が近い」と感じるときの相談先
| 相談先 | 特徴 |
|---|---|
| 地域包括支援センター | 介護サービスの案内・無料相談 |
| かかりつけ医・主治医 | 本人の症状への対応・薬の調整 |
| ケアマネジャー | 介護保険サービスの調整 |
| 認知症カフェ | 同じ悩みを持つ家族との交流 |
| 家族の会(認知症の人と家族の会) | 全国規模・電話相談あり |
「助けを求めることは弱さではありません。 介護を続けるために必要な力を補うことです。」
まとめ|「正しい接し方」より「温かい接し方」を
在宅医療の現場で学んだ大切なことの一つは、
「記憶は失っても、その人は変わらずそこにいる」
ということです。
認知症になっても、その方の人生・好き嫌い・大切にしてきたもの——それはずっとそこにあります。その人を「認知症の患者」としてではなく、「ひとりの人」として見続けること。それが、すべての接し方の土台になります。
介護に悩んでいる方、限界を感じている方へ
あなたは一人ではありません。地域の相談窓口や専門家に、気軽に声をかけてみてください。
※本記事は調剤薬局・在宅医療を経験した薬剤師による一般的な情報提供を目的としています。症状・介護の問題については、かかりつけ医・地域包括支援センターにご相談ください。
